感謝で終える2025年
2025年12月28日
詩篇103篇 1–5節
Ⅰ.自分の心に語りかける
聖書の詩篇103篇は「神さまを賛美しなさい」と始まりますが、
興味深いのは、作者ダビデがまず自分自身の心に向かって語っていることです。
人の心は放っておくと、
- 良いことより悪いことに目が行き
- 人と比べて不満を感じ
- 不安に支配されがちです。
だからこそ、
「感謝すべきことを忘れないようにしよう」
「神さまが与えてくださった恵みを思い出そう」
と自分に語りかけているのです。
私たちも同じだと思います。
忙しい毎日の中では、不安や悩みが大きく感じられますが、
あえて立ち止まり、「与えられている恵み」を数えることは、とても大切なことです。
Ⅱ.与えられている恵みを思い出す
この詩篇には、「神がしてくださること」として、いくつかの恵みが書かれています。
① 許される恵み
人は誰でも失敗し、後悔し、人を傷つけたり、自分を責めたりします。
聖書は、神さまが「間違った行為」だけでなく、その後に残る重荷や痛みまでも受け止め、
やり直しの道を与えてくださる方だと語ります。
“失敗した自分”だけで生きるのではなく、
“赦され、立ち上がることができる自分”として生きる道があります。
② 支えられる恵み
「癒し」とは、ただ病気が治ることだけではありません。
- 心が折れそうなときに守られてきたこと
- 完全には立てなくても、歩き続けてこられたこと
- 今日ここに立っていられること
これらも聖書が語る「癒しの恵み」です。
③ どん底から引き上げられる恵み
人生には“穴”と言える経験があります。
失望し、疲れ果て、「もう無理だ」と感じる時があります。
しかし聖書は、
神は私たちが一番弱い時に、そこで終わらせない方だ
と語ります。
私たちの信仰とは、完璧に歩く人生ではなく、
倒れながらも、何度も立ち上がらせていただく人生です。
④ 尊い存在として扱ってくださる恵み
聖書は、神さまが私たちを「軽い存在」ではなく、
尊く、価値ある存在として見てくださる方だと言います。
社会は能力・成功・収入・見た目で人を評価します。
しかし神の目には、「愛される価値のある一人」として見られています。
だから、
自分を見下さず、
「私は愛されている存在だ」と覚えて生きたいのです。
⑤ 「良いもので満たされる」恵み
聖書が言う「良い」とは、
ただ「便利・快適」という意味ではありません。
- 本当にその人の人生の益になるもの
- 魂(心)を強くするもの
- 成長を生み出すもの
とても広く、深い意味を含んでいます。
だから時には、
- 試練
- 待つ時間
- 遠回りの人生
それらさえも、最終的には
「私たちのためになる良いもの」に変えられていくと聖書は語ります。
⑥ 生きる力が新しくされる恵み
最後に聖書は、
「若さが鷲のように新しくされる」と語ります。
これは年齢の話ではありません。
- もう一度前を向こうと思える力
- あきらめで終わらない心
- 「まだ希望がある」と信じる力
その“生きる力”を、神さまが与えてくださるという約束です。
終わりに
忙しさや不安、疲れを抱える一年だったかもしれません。
しかし、神さまはいつも私たちの人生に良いものを与え、
守り、支え、導いてくださっていました。
今年を、不満ではなく「感謝」で終えることができますように。
そして、来る年も神さまの恵みに期待して歩むことができますように。


