父なる神様の真の姿


2025年6月15日

聖書箇所:ルカ15:20

20 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

イントロ:

 これは放蕩息子が父のもとに戻った時です。この放蕩息子の話に父なる神の姿が描かれています。この父の二人の息子たちは父を誤解していました。兄は父に対してこう言いました。

ルカ15:29

しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。

 兄は父の命令を守ることだけが求められていることと思い、必死にそれらを守ってきたのです。父は自分だけを愛してくれていると思っていました。

 弟も兄と同様に父をそのように思っていたでしょう。彼は父から財産をもらい、それを湯水のように使って、堕落してしまったのです。父はもう自分を息子として認めてはくれないだろうと考えたのです。

 当時の中東文化で言えば、まず、子どもが父の生きている間に財産をもらうことは考えられないことでした。それだけで相当の親不孝者です。そんな彼が、堕落して戻ってくることもあり得ないことでした。そんな子どもは袋叩きにして追い返してしまうのが当然の文化だったのです。ですから、この父親は次男が帰ってくる時に、先に近所の人や兄に見つからないように、毎日家の前で息子が帰るのを待ち、そして、見つけた瞬間に自分から走って行ったのです。

 旧約聖書を誤解しながら読んでいる人は、神様に対して「怖い」というイメージを持っています。昔の日本でも、「地震・雷・火事・親父」と恐ろしいものリストにしっかりと父親が含まれていました。私も同様でした。父親=悪いことをした後に怒る人だったのです。

 多くのクリスチャンたちが、父なる神様の間違ったイメージのゆえに信仰生活がゆがんでしまっています。父は怖いからイエス様にだけ祈ったり、話したりする人。また、神様を怖がり律法主義になってしまう人。自分は大したことない、愛されていないと否定的な信仰生活をしてしまう人。

 いずれも、父なる神様に親近感を持つことができないところから来ているのです。

 もう少し掘り下げてみると、多くの人は肉親の父親を通して父なる神様を理解しようとして、間違えるのです。

 肉親の父:無謀、無視、無力

 父なる神様:愛、正義、全能

 今も多くのユダヤ人たちが神を誤解しています。しかし、モーセやダビデは神の愛をわかっていました。

出エジプト記34:6–7

6 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、

7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」

 モーセは、神があわれみに富み、情け深い方と理解していました。

 ダビデは、主を慕い求め、いつも主の臨在の中にいることを願いました。

詩篇23:1–3

1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

 新約時代になってイエスが神の姿を見せました。

 イエス:愛、正義、全能。イエスは愛の人で、正しい人であった。

 私たちはどのように神を理解すれば良いのか。


I. 肉親の父のイメージから神を判断しない(特に試練の時)

 どんなに良い父親でも、やはり神を完全に示すことはできません。罪のせいです。逆に、悪い父親を持っていても、心配はありません。むしろ、父なる神を新しい目で見ることができます。

 無能:期待できない。私の問題を解決する力はない。

無視:私のことなどどうでも良い。いや、ダメな私を嫌っている。

無謀:自分勝手で好きなことをする。自分は重要リストに入っていない。

 こうした肉親の父親像を、そのまま神様に投影しないことが大切です。


II. 愛と正義のバランスをいつも考える

 正義とは、私たちは罪の赦しなしには、神の前に出られないということです。

 神の正義感は、私たちと違います。私たちの正義感は相対的。しかし、神の正義感は絶対的です。罪人はどんなに正しく生きても、神の祝福を勝ち取る資格はありません。逆に言えば、神の前に出るためには、自分の罪を認めて姿勢を低くする者だけが認められるのです。

パリサイ人と取税人の祈り:

ルカ18:10–14

10 「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。

11 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。

12 私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』

13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』

14 あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」

 父なる神の愛は深いですが、同時に正義の神です。だからこそ、十字架が必要であり、そこで神の愛と正義が完全に出会いました。


III. 聖霊の助けを受けて、聖書から父なる神の正しいイメージを構築する

 私は幼い頃から父親が嫌いでした。しかし、聖書には「あなたの父と母を敬え。」と書いています。神様は私にご自身の姿を教えるために、また、私の父への思いを回復させるために、ある人を用いてくださいました。

 その時、わたしはソウルにいました。そして、そこで「父の心をもつ神様」という教えを聞いたのです。その人は日本への宣教師でした。彼はこの韓国で、「神様の完全な父親像が、この地上の父親によって壊されているので、人々はなかなか神を父親として信頼できない」と教えたのです。

 私はその時、ソウルに来ていて、両親から離れていることもあり、その話が自分に深く関係ある話として心に響きました。そして、自分が父親に対して強い憎しみを持っていることを悟ったのです。それは、自分が小さいころから父親によって与えられた傷でした。

 私は父親からほめられた経験がなく、いつも父親を恐れていました。いつも怒られ、しかられていたのです。ある日、「出て行け!」と言われて、本当に出て行こうとした時があります。その時、後ろを追いかけてくる父親に対して、正直言って不思議な感じを持ったのです。「出て行けって言われたから出て行こうとしているのに、なぜ追いかけてくるんだろう」と思ったのです。そして父親に連れ戻されたとき、「また嫌な家に帰るのか」と思いました。

 だから、大学はわざわざ遠いキャンパスのある学校を選びました。そして、やっと家から離れて生活できるようになったのです。私は父親と離れることができることが喜びだったのです。

 そのような出来事を神様はその時、思い出させてくださいました。そして、本当に神様を父親として信頼するためには、今の父親から受けた傷が癒やされる必要があると教えられたのです。

 そして、そのためには、「父親の過ちをすべて赦しなさい」とその先生から言われたのです。わたしはためらいました。クリスチャンになってから初めてのためらいでした。「もし自分が父親を赦すならば、自分の過去の苦しみや痛みに対してどのように生きていけば良いのか。今まで、父を憎むことで自分の過去を整理してきたのです。」

 しかし、神の言葉は「赦しなさい」という言葉でした。しばらくして、わたしのうちから熱いものがあふれてきました。そして、それは涙でした。悔し涙なのか、いや、神の深い愛を感じるような涙でした。それは、何か神がわたしの人生の最初から共に苦しんでくださっていたかのような、この辛さに神も一緒に泣いてくださるような気持ちになりました。

 そして、何十分という間、わたしはその先生にしがみついて泣いたのでした。22歳にもなって恥ずかしいという気持ちもありましたが、涙を流しながら自分が過去から解放されていくような体験だったのです。その時から、わたしの内側に父親に対しての愛が生まれてきました。これは、自分でも不思議なことでした。なぜ、と言われても説明できません。ただ、父親を責めたり、憎んだりすることができなくなりました。

 私と父親の関係はそれから大きく変わっていったのです。父親は、私が誘うと教会に行くようになりました。そして、主イエスを受け入れ、2022年4月に天に召されました。私が献身した時には勘当されましたが、本人が信仰を持つようになってからは、私のことをほめるようになっていました。


結論:

 祈る時に、それぞれの神の御性質と役割を意識して祈り分けることは助けになります。

🔹 三位一体の御性質と役割(祈りの視点)

【父なる神(Father)】

御性質:創造主、全能、愛、義、主権者

働き:天地と人の創造、御計画の源、祈りの受け手

祈りの視点:「父よ、あなたの御心がなりますように」「あなたに人生を委ねます」

【子なるキリスト(Jesus the Son)】

御性質:救い主、あわれみ深く、従順、真理、義なる方

働き:贖い主、大祭司、仲介者、模範

祈りの視点:「主イエス、あなたの十字架に感謝します」「罪を赦してください」「イエスの御名によって祈ります」

【聖霊なる神(Holy Spirit)】

御性質:助け主、慰め主、真理の霊、臨在そのもの

働き:心を照らし、導き、力づけ、祈りを助ける

祈りの視点:「聖霊よ、私を満たしてください」「導いてください」「真理を教えてください」


祈りましょう。

父なる神様、あなたの偉大な計画を感謝します。放蕩息子のような私たちを、愛によって赦し、子どもとして受け入れてくださり感謝します。

時に、心が世に向かいます。しかし、どうぞ、主の愛と導きによってあなたに戻るように助けてください。

また、お父さんの「厳しいだけ」のイメージをもって信仰生活をしている兄弟姉妹を覚えてください。お父さんの愛情を受けたことのない兄弟姉妹を覚えてください。彼らの心の傷を癒やし、あなたにあって解放されて、良い親子の関係を持つことができるように祝福してください。

主イエスの名前によって祈ります。

アーメン。