一致する教会の特徴
2024年10月6日
聖書箇所:ピリピ2:1-5
世界は一つになろうとしています。インターネットによって世界中の人たちとつながることができます。世界中の人たちの声をニュースを通さずに聞くことができます。今後、スマホの通訳機能が進むと、言葉が違う人たちとの会話もスムーズになるでしょう。それまで、文化や言葉の障壁で閉ざされていた国々が一つになっていくのです。世界中の人たちが行きたい国に行き、生活したいところに移住することができるようになります。まさに「人類みな兄弟」時代となるでしょう。
しかし、手放しで喜ぶことはできません。世界が一つになるということは恐ろしいことでもあるからです。
黙示録を読むと、最後は反キリストのもとに人々がひとつとなることが書かれているからです。つまり、時代は終末に向かって確実に進んでいるのです。もともと言語は一つであったことが創世記に書かれています。しかし、人類が一致した時に、人々は神に大きな反抗をしたのです。それがバベルの物語です。歴史的にローマ帝国、スペイン、イギリス、フランス、オランダなどの国が世界に進出し、植民地を増やしました。結果として、富は一部に流れ、貧富の差が拡大しました。
独裁主義、共産主義や社会主義も一致を求めます。しかし、結果としては恐怖政治です。反発分子は全て排除、粛清することで恐怖による一致、表面的な一致があるだけなのです。
人が集まる時に二種類があります。集合体と共同体です。集合体は外部圧力によって集まっています。人を結びつけるのは外的なルールや圧力です。集まるというよりも集められているという事です。ですから、その外部圧力がなくなると分散します。袋に入れているボールのようです。袋をとると中のボールは飛び出します。一方で、共同体は内部の力で引き合っています。ですから、外的な力は必要ありません。ちょうど、個々が磁力をもっているようです。内部の力で引き合っているので、外側の袋がやぶけても固まっています。教会は、聖霊の働きと神を信じる信仰とによって一つとなっているのです。
ですから、聖書が一致しなさい、と言っている時に、それは集合体の一致ではなく、共同体としての正しい一致でなければならないのです。正しい一致は、正しいクリスチャンによって可能です。
I. 愛とあわれみに富む人たち
まず、正しい人たちとは、聖霊を受けてみ言葉に従っている人たちです。
1 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
大事なので、一つ一つ説明していきます。
まず、「キリストにある励まし」です。聖書の「励まし」とはとても大事な意味です。これは原語でパラクレシスと言います。聖霊は別名パラクレトスです。「パラクレシス」とは共に居るということです。ただ一緒にいることではありません。共に居るとは、相談し、助言し、励まし、慰めることを含んでいます。キリストは共にいるだけではなく、私たちを日々助けてくださっているのですう。聖書やメッセージを通して、キリストの励ましを受けることができます。
次に「愛の慰め」です。聖書では愛という言葉も大事です。これは原語でアガペといいます。アガペとは強い愛という意味と完全な愛という意味があります。これは後者です。神による絶対的な愛の慰めがあるということです。私たちは肉親や周囲から絶対的な愛を経験できません。絶対的な愛とは、こちらの反応に関わらずに同じ愛が与えられるという事です。神も愛は絶対であり、神は私たちがどんなに神から離れても戻してくださいます。また、どんなに罪を犯しても聖くしてくださいます。しかし、それゆえに苦難や困難がきます。しかし、同時に辛い時や失望した時にいつも慰めを与えてくださいます。
次に、「聖霊の交わり」です。この交わりという単語も大事です。これは原語でコイノニアと言います。聖霊は共に居てくださる神様です。この方はジェントルマンです。つまり、礼儀正しいお方です。悪魔は強引に誘惑し、従わせます。しかし、神様は意思を尊重し、愛による助言と導きを与えてくださるお方です。聖霊は、私たちを天国に入れてくださいます。つまり、信仰を最期の時まで守ってくださいます。私たちにいつも正しい方向を示し、正しい道を進める力を与えてくださいます。
最後に、「愛情とあわれみ」です。これは感情です。これは神様が与えてくださる恵みを受けると良い感情が生まれます。罪の性質は憎しみと殺人です。しかし、神の恵みによって「愛情とあわれみの心」となるのです。ですから、いつも神の恵みに満たされていることが大事なのです。それがいずれ私達の人格となり、生き方を変えていくからです。
2 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。
ある人は感情だけで動きます。ある人は意思をコントロールして感情で動きます。み言葉と聖霊によって意思がコントロールされて、感情がついてくるのが理想です。感情はローラーコースターのように激しく上下して、安定して物事を行うことができません。
まず、知識があります。そして、決断があります。そして、感情がついてくるのです。
良い一致とは、神から来る慰め、励まし、愛、あわれみがクリスチャンたちを通して流れていく状態です。神による一致には、みんなの喜びがあります。次の特徴です。
II. 自己中心や虚栄心を持たない人たち
3節を読みましょう。
3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
自己中心とは、神中心ではないことです。神という存在がなければ人は自己中心です。本来神中心であった私達が罪によって自分が神の立場をとり、自己中心になったのです。自己中心の特徴は、神の言葉に従うことをしません。ある人たちは、神の言葉に従うと言いながら、神の言葉が自分の考えと一致するときだけ神の言葉に従います。それも自己中心です。
虚栄心とは、自分の栄光だけを求めるということです。本来は、神の栄光を求めるように創られましたが、罪によって自分の栄光を求めるようになってしまったのです。
虚栄心の反対が、謙遜です。へりくだるということは別の言い方をすれば謙遜です。謙遜はクリスチャンに最も必要な性質ですが、この世では愚かな性質です。謙遜になることは損することです。大袈裟に自己アピールする人が評価されるからです。自分の弱さや罪を認めず、自分は優れていると言い続けている人が社会の上に立てるからです。
謙遜とは、自分を低く評価するということではありません。へりくだる対象は神に対してです。神の前に自分の罪、弱さを認めることです。そして、自分だけが特別ではなく、神が全ての人をご自身の栄光のために創造されたことを認めることです。
聖書にモーセという人がいます。彼は神に出会うまでは自己中心と虚栄に生きていました。彼は能力的に優れた人でした。自分こそ優れた人物だと思い、自分の栄光のために行動しました。しかし、彼の計画は失敗し、殺人者として荒野に逃げました。40年経ちました。彼は自分が他人より勝っていると思わなくなりました。
人を自分よりも優れた者と思うためには、まず自分と他人が同じであることを認めなければなりません。社会は私達を相対評価します。相対評価とは、誰が優れているかを競争させて勝った方を優れていると評価することです。相対的な評価で生きている人は、優秀な人を見ては劣等感を持ち、優秀でない人を見ては優越感を持ちます。人生は競争だと思いこんでいます。そして、常に人に勝つこと、他人よりも評価されることを求めます。それゆえに妬みます。ねたみとは、自分より他人が高い評価を受けるからです。しかし、生まれも能力も才能も努力する性質も、神が与えているのです。ただでもらったものを他人と比べるものは愚かです。お父さんからクッキーを3つもらいました。見ると、弟は2つもらっています。おれは弟より優れているからだ。しかし、お兄さんは4つもらいました。悔しい。自分はお兄さんよりも劣っているからだろうか。お父さんは大きい子にはたくさんのクッキーをあげただけです。しかし、それがわからないと優越感と劣等感を行き来するのです。
次に、ではどのように他人を自分よりも優れていると思うのでしょうか。これは評価ではなく、優先順位です。原語ではὑπερέχωフペレコーで、勝るという意味と価値があるという意味という意味です。つまり、他人の価値を認めた上で、優先順位を自分ではなく、他の人に置くという意味ことです。NIV聖書では"value others above yourselves”,とありますが、これがちょうど良い訳です。この考えは4節に続きます。
4節を読みましょう。
4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
英語ではInterestとありますが、他人のことにも関心を持ちなさいという意味ではありません。interestには利益という意味もあります。ですから、これは他人の利益を考えてあげなさいということです。つまり、聖書の「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」という命令と同じです。
自己中心の人は自分のことだけを考えます。虚栄心の強い人は、自分の栄光だけを求めます。そして、他人はみんな敵か味方かのどちらかになります。自分に良くしてくれる人は味方で、自分の行く道を妨害する人は敵です。他人をそのようにしか見れないない人は可哀想です。いずれ、みんな自分の敵となり、友達のいない寂しい人生が待っています。むしろ、人を愛の対象としてみるならば幸いです。何かを得ようとするのではなく、何かを与えようとするのです。与えるならば、敵も味方もいなくなり、みんなが愛の対象となります。
教会は、各自が内側に自己中心と虚栄心を見つけたらそれを捨て去らなければなりません。そして、それらと反対の方向、つまり、謙遜と愛の方向に向かわなければならないのです。最後に5節です。
5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
III. キリストに学ぶ謙遜
私たちのヒーローはイエスであり、私たちの見本もまたイエスです。聖書で最も謙遜な人は、イエスです。イエスのどこが謙遜なのかは、次回に説明します。今日は、イエスの謙遜から二つのポイントを見てみましょう。
マタイ11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
イエス自身が自分のことを謙遜と言っています。しかし、イエスは神ご自身ですから、これは神の御性質を示しています。神が謙遜というのは、ピンと来ませんが謙遜の意味を知ると納得できます。
一般的に謙遜とは、姿勢が低いとか、自分を卑下するというイメージです。聖書の謙遜は自己中心ではないという事です。自己中心は罪から来ますから、罪がない神は謙遜という事になります。
謙遜な人は周囲に安らぎを与える人です。自己中心の人は周囲を疲れさせます。なんでもその人を中心にしなければならないからです。虚栄の人といると気を使います。いつもその人を中心にして、ほめていなければならないからです。謙遜な人といる疲れません。気を遣わなくいいからです。むしろ安心します。謙遜な人は、周囲に人たちに仕える人だからです。
イエスが地上に居た時、多くの人がイエスのところに来ました。その中には罪深い人、弱い人、傷ついた人たちもいました。彼らはイエスといっしょにいることを喜びました。イエスは彼らを愛し、彼らに仕えてくれたからです。
すごく疲れる場所とすごく安らぐ場所があります。それは場所の違いではなく、そこにいる人たちの違いです。教会はやすらぎを与える場所であり、それは謙遜な人たちが集まっているからです。
謙遜を学ぶいは、イエスを知らなければなりません。イエスが謙遜の見本だからです。クリスチャンが謙遜になると、教会に一致があり、やすらぎがあります。
神のもとにはいつも平安があります。それは私たちを子として受け入れてくださっている平安であり、神の前には競争と勝ち負けも自己アピールも評価されるかされないかの不安もないからです。神はすべてをご存じで、すべてを支配しておられるからです。
祈りましょう。
The True Unity in the Church
October 6, 2024 Scripture: Philippians 2:1-5
The world is moving toward unity. The internet allows us to connect with people from all over the world. We can hear the voices of people worldwide without relying on the news. As translation functions on smartphones advance, conversations with people who speak different languages will become smoother. Nations that were once closed off by cultural and linguistic barriers are now coming together. People around the globe will soon be able to travel to the countries they wish to visit and relocate to places they want to live. We are entering an era of "All human beings are brothers.”
However, we cannot fully rejoice. The idea of the world becoming one is also a frightening prospect. When we read the Book of Revelation, it tells us that in the end, people will unite under the Antichrist. In other words, the times are surely moving toward the end. The Book of Genesis mentions that originally, there was only one language. However, when humanity united, they greatly rebelled against God. This is the story of Babel. Historically, empires like Rome, Spain, England, France, and the Netherlands expanded into the world and increased their colonies. As a result, wealth flowed into a select few, and the gap between the rich and poor widened.
Dictatorships, communism, and socialism also seek unity. However, what results is a reign of terror. Dissenters are eliminated or purged, creating a unity driven by fear—merely a superficial unity.
There are two types of gatherings when people come together: a "collective" and a "community." A collective is brought together by external pressure, with rules or outside forces binding people. In this case, people are not gathering of their own volition but are being gathered. When that external pressure disappears, the group disperses, like balls placed inside a bag that scatter when the bag is opened. On the other hand, a community is drawn together by an internal force, so no external pressure is needed. It is like individuals possessing magnetic force, pulled together from within. Even when the external bag breaks, they remain united. The church is unified by the work of the Holy Spirit and faith in God.
Therefore, when the Bible calls for unity, it must be the right kind of unity—unity as a community, not as a collective. True unity is possible only through true Christians.
I. People Rich in Love and Compassion
First, righteous people are those who have received the Holy Spirit and follow God's Word.
Philippians 2:1
"If you have any encouragement from being united with Christ, if any comfort from his love, if any fellowship with the Spirit, if any tenderness and compassion,"
These points are crucial, so let's explain them one by one.
First, the “encouragement in Christ.” The word “encouragement” in the Bible carries great significance. In the original Greek, it is called ‘paraklesis.’ The Holy Spirit is also referred to as ‘parakletos’, which means "one who is called alongside." This doesn't merely mean being together physically. It involves counseling, advising, encouraging, and comforting. Christ not only remains with us but helps us daily. We receive encouragement from Christ through the Bible and through messages.
Next is the “comfort of love.” Love is another important word in the Bible. In the original Greek, it is called ‘agape’, which means a strong or perfect love. Here, it refers to the latter, signifying the absolute comfort that comes from God's perfect love. We cannot experience this absolute love from family members or those around us. Absolute love is given regardless of how we respond. God's love is absolute; no matter how far we stray from Him, He brings us back. No matter how much we sin, He sanctifies us. Yet, because of this, hardships and difficulties come. But at the same time, God always provides comfort in times of suffering and disappointment.
Next, we have the “fellowship of the Spirit.” The word "fellowship" is also important here, translated from the Greek word ‘koinonia.’ The Holy Spirit is the God who dwells with us. He is a gentleman, meaning He is polite and respectful. The devil tempts and forces us into submission, but God respects our free will, offering guidance and advice through love. The Holy Spirit is the one who brings us into Heaven, preserving our faith until the very end. He continually shows us the right direction and empowers us to walk the correct path.
Lastly, "affection and mercy." These are emotions that arise when we receive God's grace. The nature of sin is hatred and murder, but by God's grace, we develop hearts of affection and mercy. This is why it is important to always be filled with God's grace, as it will eventually shape our character and transform the way we live.
Philippians 2:2 "then make my joy complete by being like-minded, having the same love, being one in spirit and purpose.”
Some people act only based on emotion, while others control their will and act according to emotion. Ideally, our will should be governed by the Word of God and the Holy Spirit, with our emotions following suit. Emotions fluctuate like a roller coaster, making it difficult to act steadily. First comes knowledge, then comes decision, and finally, emotions follow.
True unity is when the comfort, encouragement, love, and mercy from God flow through Christians. Unity from God brings joy to everyone.
II. People Without Selfishness or Conceit
Let’s read verse 3:”Do nothing out of selfish ambition or vain conceit. Rather, in humility value others above yourselves"
Selfishness is the opposite of being centered on God. Without God, people are inherently selfish. Originally, we were meant to be centered on God, but sin caused us to take God's place and become self-centered. One characteristic of selfishness is not following God's Word. Some claim to follow God’s Word, but only do so when it aligns with their own thoughts. This, too, is selfishness.
Conceit is seeking only one’s own glory. We were originally created to seek God's glory, but sin caused us to seek our own.
The opposite of conceit is humility. Humility is one of the most necessary qualities for a Christian, though it is often seen as foolishness by the world. Humility seems like a loss because society tends to reward those who make bold self-assertions. Those who refuse to acknowledge their weaknesses or sins and keep claiming superiority are often the ones who rise to the top of society.
Humility does not mean undervaluing yourself. Humility is recognizing real you, and acknowledging that God created all people for His glory.
There is a man named Moses in the Bible. Before meeting God, Moses lived in selfish ambition and conceit. He was a highly capable man, believing himself to be superior and acting for his own glory. But his plans failed, and he fled into the wilderness as a murderer. After 40 years, he no longer considered himself superior to others.
To consider others better than yourself, you must first recognize that you and others are the same. Society measures people by relative evaluation—comparing who is better, and the winner is deemed superior. Those who live by relative evaluation feel inferior when they see someone better than themselves and superior when they see someone less capable. They believe life is a competition, always seeking to be better than others. This leads to envy. Envy arises when someone else receives a higher evaluation than you. But birth, abilities, talents, and even the ability to work hard are all gifts from God. It is foolish to compare the things we have received for free with others. It's like receiving three cookies from your father and seeing that your younger brother received only two. You feel superior because you think you're better than him. But then you see your older brother received four cookies, and you feel frustrated. Your father gave more cookies to the older child, but because you don't understand this, you fluctuate between feelings of superiority and inferiority.
So how can we consider others better than ourselves? This is not about evaluating others but about prioritizing them. The original Greek word ‘hyperechō’ means "to excel" or "to have value." Thus, it means recognizing the value of others and placing them ahead of yourself in priority. The NIV translation captures this well: "Value others above yourselves." This idea continues in verse 4.
Let’s read verse 4: "not looking to your own interests but each of you to the interests of the others."
In English, "interests" can mean concern, but it also means profit or benefit. Therefore, this verse instructs us to consider the welfare of others, just as the Bible commands us to "love your neighbor as yourself."
Selfish people only think about their own needs, and conceited people seek only their own glory. For them, everyone is either an enemy or an ally. Those who support their goals are allies, while those who get in their way are enemies. But those who view others only in this light live in a sad reality, where eventually, everyone becomes an enemy, leading to a lonely, friendless life. On the other hand, if we see others as objects of love, we are blessed. Rather than trying to get something from others, we seek to give to them. When we give, there are no enemies or allies—only people to love.
The church must rid itself of selfishness and conceit wherever they are found in our hearts. Instead, we must move in the opposite direction, toward humility and love. Finally, let’s read verse 5.
Philippians 2:5 "In your relationships with one another, have the same mindset as Christ Jesus:"
III. Learning Humility from Christ
Our hero is Jesus, and our example is also Jesus. The most humble person in the Bible is Jesus. I will explain more about what makes Jesus humble in our next message, but for today, let's look at a key point about His humility.
Matthew 11:28-29 (NIV)
28 "Come to me, all you who are weary and burdened, and I will give you rest.
29 Take my yoke upon you and learn from me, for I am gentle and humble in heart, and you will find rest for your souls."
Jesus Himself describes Himself as humble. Since Jesus is God, this reveals something about God’s nature. The idea of God being humble may be difficult to grasp, but once we understand the meaning of humility, it becomes clear.
Humility, in general terms, is often seen as having a low posture or looking down on oneself. However, biblical humility means not being self-centered. Since God is without sin, and self-centeredness comes from sin, we can understand that God is truly humble.
A humble person is someone who brings peace to those around them, while a self-centered person exhausts others. This is because everything has to revolve around the self-centered person. When you're with someone full of vanity, you must constantly pay attention to them, always praising and focusing on them. On the other hand, you don’t feel drained when you are with a humble person. You feel at ease because there is no need to cater to their ego; rather, you feel comforted. A humble person serves those around them.
When Jesus was on earth, many people came to Him. Among them were sinners, weak individuals, and the brokenhearted. They found joy in being with Jesus because He loved and served them.
There are places that leave you feeling exhausted, and others where you feel deeply rested. The difference isn’t about the physical space, but about the people who are there. The church is a place of rest because it is a gathering of humble people. To learn humility, we must know Jesus because He is the perfect model of humility. When Christians become humble, there is unity and peace in the church.
There is always peace in God's presence because He accepts us as His children. In God’s presence, there is no competition, no winning or losing, no need for self-promotion or the anxiety of being evaluated. God knows everything and controls everything.
Let us pray.