父なる神様の恵


2026年6月21日父の日礼拝
聖書箇所:ヨハネ第一の手紙3:1
1 わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。

今日は父の日です。

父の日になると、良い父親だったことを思い出す人もいれば、そうではない人もいます。

父親との思い出は、人それぞれです。

「父に大切に育ててもらった。」
「仕事が忙しくて、あまり一緒に過ごせなかった。」
「厳しすぎて怖かった。」
「父親との関係で傷ついた。」

それぞれ違う経験があります。

実は、父親も最初から父親だったわけではありません。

誰も父親になるための学校には通いません。

多くの人は、自分が育てられたように子どもを育てます。

ですから、良い父親もいれば、そうではない父親もいます。

私たち人間は皆、不完全だからです。

しかし、聖書は私たちに「完全な父」がおられることを教えています。

その方が神です。

今日は、「父なる神はどのようなお方なのか」を一緒に考えてみたいと思います。

I. 神の愛は驚くべき愛

ヨハネはこう言います。

「どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。」

「よく考えてみなさい」という言葉には、

「立ち止まって驚きなさい」

という意味があります。

なぜでしょうか。

それは、神の愛は私たちが知っている人間の愛とは違うからです。

人間の愛には、どうしても条件があります。

「頑張ったから。」

「期待に応えてくれたから。」

「自分によくしてくれるから。」

もちろん親の愛は尊いものです。

しかし、どんな親も完全ではありません。

一方、神は違います。

聖書はこう言います。

「私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことにより、神は私たちへのご自身の愛を示されました。」(ローマ5:8)

ここでいう「罪人」とは、犯罪者という意味ではありません。

神を忘れ、自分中心に生きてきた私たちすべてを指しています。

私たちは神に背を向けて生きていても、神は私たちを見捨てませんでした。

神は、
「あなたが立派になったら愛そう」とは言われませんでした。

神は、愛する価値があるから愛したのではありません。

神ご自身が愛のお方だから愛してくださったのです。

これが聖書のいう「恵み」です。

恵みとは、受ける資格のない者に、一方的に与えられる愛です。

II. 神の愛は十字架で示された

では、神はその愛をどのように示されたのでしょうか。

言葉だけではありませんでした。

行動で示されました。

神は、ご自分のひとり子イエス・キリストをこの世界に遣わされました。

イエスは十字架で私たちの罪を負ってくださいました。

本来、神から離れて生きてきた私たちが受けるべき裁きを、イエスが代わりに引き受けてくださったのです。

もし溺れている人がいたら、その人は自分の力だけでは助かれません。

誰かが助けてくれなければなりません。

イエス・キリストは、罪という深い水に溺れている私たちを救うために来てくださいました。

しかし、救助の手は受け取らなければ助かりません。

神は私たちに、
「努力して救われなさい」とは言われません。

「わたしがあなたのためにしたことを信じなさい。」

そう招いておられます。

聖書は言います。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。」(エペソ2:8)

救いは努力ではありません。

良い行いでもありません。

イエス・キリストを信頼することによって与えられる神からの贈り物なのです。

III. 神はあなたを子どもとして迎えたい

神は、ただ罪を赦すだけではありません。

私たちをご自分の子どもとして迎えたいと願っておられます。

イエスは「放蕩息子」のたとえを話されました。

息子は父のもとを離れ、自分勝手な人生を送り、すべてを失いました。

そして、「もう息子とは呼ばれる資格はない。」と思いながら家へ帰ります。

しかし父親は、その息子を遠くから見つけると走って迎えました。

抱きしめました。

責めるより先に迎え入れました。

これは神の姿です。

神は、「もっと立派になってから来なさい。」とは言われません。

「帰っておいで。」と言われます。

これが父なる神の心です。

IV. 神は良い父として導いてくださる

良い父親は、愛するだけではありません。

子どもが幸せに生きられるよう導きます。

神も同じです。

神は私たちを縛るためではなく、本当に自由に生きるために教えてくださいます。

人生には苦しいこともあります。

思い通りにならないこともあります。

しかし神は、その中でも私たちを見捨てることはありません。

父なる神は、いつも私たちを愛し、最善へと導いてくださるお方です。

おわりに

今日、父の日に覚えたいことがあります。

地上のお父さんは、どんなに素晴らしい人でも不完全です。

しかし、天の父は完全です。

あなたの過去を知っています。

失敗も知っています。

弱さも知っています。

それでもなお、「あなたを愛している。」と言ってくださいます。

その愛は、十字架によって証明されました。

もし今日、「神様、私を赦してください。イエス・キリストを信じます。
あなたの子どもとして歩ませてください。」と心から祈るなら、神はあなたを拒まれることはありません。

父なる神は、あなたを喜んで迎え入れてくださいます。

今日、その愛を受け取っていただきたいと思います。