聖霊 ― 私たちの目を開いてくださる方
2026年5月10日 母の日礼拝
聖書箇所:ヨハネ16:7–8
はじめに
私たちは毎日、たくさんの情報の中で生きています。
- インターネット
- AI
- SNS
- ニュース
- 動画
便利な時代ですが、情報が多すぎて、「何が本当なのか」が分からなくなることもあります。
また、人生においても同じです。
- 自分は正しいと思っていたのに、後で間違っていたと気づく
- 幸せになれると思って選んだ道が、かえって苦しみをもたらす
- 大切なものを失って初めて、本当に必要なものに気づく
私たちは、見えているようで、実は大切なことが見えていないことがあります。
今日の聖書は、聖霊という神様が、そのような私たちの「目を開いてくださる」と教えています。
1. 聖霊は本当の自分を見せてくださる
イエスはこう言われました。
「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」(ヨハネ16:8)
少し難しく聞こえるかもしれません。
簡単に言うと、聖霊は私たちに次の3つを教えてくださいます。
- 自分の問題は何か
- 本当に正しいものは何か
- このままでよいのか
まず「罪」とは、単に悪いことをすることだけではありません。
聖書でいう罪の中心は、
「自分中心に生きること」です。
- 自分さえ良ければいい
- 自分の考えが一番正しい
- 神様なしでも大丈夫
このような生き方が、聖書でいう罪の根本です。
聖霊は、その根本的な問題を見せてくださいます。
2. 聖霊は何が本当に正しいかを示してくださる
今の時代は、「人それぞれでいい」という考え方が広がっています。
確かに、一人ひとりの感じ方や考え方は違います。
しかし、宇宙に物理法則があるように、人間の生き方にも本当のルールがあるのではないでしょうか。
- 愛すること
- 誠実であること
- 真実を大切にすること
こうしたものには、単なる好みを超えた「本当の正しさ」があるように思います。
聖書は、その正しさの基準を作られたのが神様だと教えています。
聖霊は、私たちに何が本当に正しいのかを示してくださいます。
3. 聖霊は帰るべき場所を示してくださる
イエスは、放蕩息子のたとえを話されました。
ある息子は、父のもとを離れ、自分の好きなように生きました。
最初は自由で楽しい生活でした。
しかし、お金を失い、友人を失い、最後には一人ぼっちになりました。
そのとき彼は気づきました。
- 自分の生き方は間違っていた
- 父の家こそ本当に安心できる場所だった
- 父は今でも自分を愛している
これが「目が開かれる」ということです。
そして彼は父のもとへ帰りました。
すると父は彼を責めることなく、走って迎え、抱きしめました。
4. 神様はあなたを待っておられる
この父親の姿は、神様の愛を表しています。
神様は、
- あなたの失敗を知っておられます
- あなたの苦しみを知っておられます
- それでもあなたを愛しておられます
そして、
「帰っておいで」
と待っておられます。
5. イエス・キリストが道を開いてくださった
しかし、神様はただ「何でも許す」方ではありません。
神様は正しい方です。
そこで、イエス・キリストが私たちの代わりに十字架で罪の代価を払ってくださいました。
そのため、私たちは
- 過去の失敗
- 現在の問題
- 将来の不安
を抱えたままでも、神様のもとへ帰ることができます。
これが聖書のいう「福音(良い知らせ)」です。
まとめ
聖霊は、
- 自分の本当の状態を見せ
- 神様の愛を教え
- 帰るべき場所を示し
- 神様のもとへ帰るよう助けてくださる方です
私たちは、見えているようで見えていないことがあります。
しかし、聖霊が目を開いてくださると、
- 自分の問題
- 神様の愛
- 本当に進むべき道
が見えてきます。
そして、神様のもとに帰ることができるのです。


